カフェという概念には本当に様々なものがある。例えば、カフェという存在にどういった目的を持つか?といった問題が挙がる。
これは先述したわけだが、特に理由はないのである。別に人々は、お茶をそのものを楽しむ為にといった目的だけに縛られていない。
かといって仲間に会うといった明確な目的があるかといえば、決してそうではないことだろう。つまり「楽しみ」というものは重要ではないのだ。
またカフェに集まるといったように、誰かとわいわい話すといった目的があるわけでもないだろう。それならば、居酒屋などがいいわけだ。
このようにカフェに対する概念としては、特定の目的がないといっても過言ではないのである。だからこそ、人々はカフェへ来ているように思われる。
具体的に概念というものを解説するのは非常に難しいことなのだが、キーワードとなるゆるさ、そしてなごむための場所といってもいいのかもしれない。
つまりカフェにおける概念というものは非常に曖昧でありながらも、どこか大切なものといっていい。
これがカフェのあり方といってもいいのかもしれないし、これからのカフェの文化の形成へと繋がっていくのかもしれない。
しかしながら、文化と呼べるものを無理矢理にでも作り出そうするカフェなども出てきているのは事実である。
そういったカフェは様々な戦法ととっているわけだが、これからどのようにして我々を掴むかが楽しみで仕方がない。 |